熊本地震 × 東日本大震災 被災者対談特集

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『読者にとって、本当に必要な情報は何なのか?』

震災体験談

準備した物の置き場所、準備する食べ物は、被災時のことを想定することが必要!

震災体験談10 【熊本地震体験者/50歳/女性】

私は、前震があった次の日は会社を休んで片付けていて、もうこれで終わりと思っていたのですが、保険屋さんが「用心したほうがいい」と言うので、母屋のほかに、離れで平屋の子ども部屋があったので、そちらに寝ました。
本震のあった時は服を着たまま寝て、大切な物は一応集めて、懐中電灯などを置いて寝ましたが、いざ地震が起こったら体ひとつで逃げるのが精一杯で、外に出た時は結局手ぶらでした。

揺れが収まってから、懐中電灯などを取りに行きましたが、隣の中学校に近所の人が集まって、夜明けまでいました。
夜が明けてから隣の家に帰り、避難所には行きませんでした。人がいっぱいで入れないような状態だったということもありました。
それで、しばらくは食べ物や水も何もない状態でした。うちは阪神淡路大震災の時に地震保険にも入って、普段から食べ物や水も用意していたのですが、奥の部屋に置いてあったので、揺れている間は怖くて近付けませんでした。結局、何も役に立たなかったですね。もう少し取りやすい所に置いておいたらよかったと思いました。

ゴールデンウィーク明けまでは庭先で暮らしていました。懐中電灯は1人1つずつ用意しておいた方がいいですね。
食べ物も、大分たってから探しましたが、結局カンパンくらいです。カップ麺などは電気や水がない状況では役に立ちません。食べられない物を用意していたと反省しました。

しばらくはずっと揺れている感じだったので、出掛けるのもちょっと怖くて、車でもあまり出掛けず、何もせずに精神的に参って「ぼーっ」として過ごすことが多かったように思います。会社から「食べ物や水があるから取りにおいで」と言われたのは助かりました。一番役に立ちました。

避難所も、益城や阿蘇など被害がひどかった所は支援物資もすぐに来て、お風呂が設置されたりして、集中的に余るぐらい物資が届いたようですが、自宅のある東区辺りは全壊の家屋もたくさんあったような場所でしたが、あまり支援物資も届かずに大変でしたね。

※意見は参加者個人の主観であり、発言内容について、有効性を保証するものではありません。

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