熊本地震 × 東日本大震災 被災者対談特集

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震災体験談

「備えあれば憂いなし」の精神で、最悪の事態を想定し、事前に対策

震災体験談8 【熊本地震体験者/58歳/女性】

私の自宅は北区で比較的地震被害の少ない土地です。
前震の時は、停電すると水が止まると思い、とにかくすぐに水を出して、お風呂に水を満タンにためました。
それで、次の日の夜は9時過ぎには床につき、その夜中に本震が発生しました。ただ、何かが起きるような気がして、枕元にスリッパのような履物を、ベッドの下のカバンには懐中電灯とお財布と通帳とを置き、いつでも避難できるように準備をしていました。

本震が収まった時、ドアはすっと開きました。私の部屋の隣にある台所続きのリビングも、あの音の割には何も壊れていませんでした。
その時は瞬間電気がつきましたので、食器棚を見たら、皿同士は壊れていても、外には飛び出さずに歩ける状態でした。
私自身の被害はその程度でした。

避難所になっていた近くの小学校に避難した方々が、体育館の屋根が落ちて全然使えないということで、追い返されていましたね。
グラウンドぐらい開放すればいいのにと思いつつ、行政も手が回らずに、どんどん戻ってきて、私の家の隣の公園では10台ぐらいの車が車中泊を始めました。この人たちの家は大変だろうなと思いました。

わが家は、20分ぐらいで電気が復旧したので、まずご飯を炊きました。明日の朝は大変だろうと思い、おにぎり作るつもりで。
自分たちのところは被害がなくて本当に申し訳ないと思いつつ、何かできないか、何ができるだろうということを毎日思っていました。
4月14日は木曜日でした。私はいつも土日と水曜日にお買い物に行くので、たまたま冷蔵庫は水曜日には満タンで、とりあえず食べ物はありました。次の日の朝、ご飯を炊いて、おにぎりにして公園の人たちにふるまった時には、ものすごく喜んでくださいました。

「備えあれば憂いなし」ということで、1つの押入れの中に、お水、懐中電灯、体をふくシート、滅菌のシート。それと大きなシート、ラップ、紙皿などをストックしています。水もストックしてあります。
水は1日に1人2リットルほど使います。お米をとぐときにも2リットルのボトルを全部使ってしまいますね。断水の時はもったいないので、お米のとぎ汁もストックして、トイレに流しました。

別参加者:どういう形で給水を受けられたのですか。

避難所とか、そういう団体の所に自衛隊の給水車が行ったとかいうことはあったようですが、私は娘がいた植木町、隣町は水が出たのでもらいに行きました。

別参加者:実は緊急時の給水拠点はあらかじめ決まっているのですが、どこで給水しているのかといった給水拠点についての情報は、皆さん知らないですよね。

「どこの中学校の水は出る」とSNSで情報が流れてきました。ただ、そこへ皆がどっと行くので支援の車と合わせて、ものすごく渋滞しました。だから、自分たちで賄える人は、渋滞の1台の車にならないよう、なるべく邪魔にならないように生活をしようと心掛けていました。

※意見は参加者個人の主観であり、発言内容について、有効性を保証するものではありません。

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